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利権政治が大手を振って [政治]

 

 

文科省の局長の受託収賄も森友・加計問題に水脈がつながっているように思います。

 

「みんなの広場 森友学園問題早く解決して=80歳  毎日新聞201876

6月27日夕刊の「熱血!与良政談」(西部本社版)を読んで、イライラ、モヤモヤが少し解消された気がします。自民党の穴見陽一氏が参考人に対し「いいかげんにしろ」とヤジを飛ばしたのには悲しくなります。議員のおごりとしか思えません。相手の身になることができない人が、よく国会議員として席をあたためているものです。

安倍晋三首相の妻昭恵氏が、東京都内で開かれたトークショーで罪の意識も反省もなく「ちょっと立ち止まりなさいという神様からのご褒美なのかな」などと発言したそうだ。改ざんを指示されて悩み、自殺したとみられる近畿財務局職員がどんなに苦悩したか、悲しく悔しく涙がにじんできます。「首相から」と森友学園へ100万円を渡したという昭恵氏にウソかまことかをお聞きしたい。

 与良正男氏が言われるように「人の心がわからない人たちが強い立場を利用して守られているのを見過ごすわけにはいかない」との意見に同感です。」

 

利権まみれの政治にすりよっていく政党がいることも驚きです。


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近隣諸国への態度は [平和を]

 

 

古代史の本からです。

 

「白村江の戦の対外的な目的に関しては、以前から言われているととであるが(石母田正 『日本の古代国家』)、「東夷の小帝国」、つまり中華帝国から独立し、朝鮮諸国を下位に置き、蕃国を支配する小帝国を作りたいという願望が、古くから倭国の支配者には存在し、 中大兄と鎌足もそれにのっとったのだということなのであろう。 それでは、国内的な目的、対内的な目的というのは、いかなるものだったのであろうか。 第一の可能性として、中大兄が派兵に踏み切った段階というのは、百済の遺臣鬼室福信 たちが唐の進駐軍に対して叛乱を起こし、各地で勝利を収めていた時期であった。その時点で百済遺臣は倭固に使者を遣わして、援軍の派兵を要請してきたのである。

その際、使者は絶対に客観的な事実を言うわけはない。自分たちはすでに大勝利を収めていて、あたかももう少しで唐軍を半島から駆逐することができるとでもいうようなことを言ったことは、おそらく間違いあるまい。したがって、中大兄と鎌足は、そのような誇張された情報に乗ってしまったことになろう。(一部引用)」(『戦争の日本古代史』)

 

この指摘が当たっているとすれば、この国は663年の「白村江の戦」から1350年を経てもさほど変わっていないように思えます。


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遺憾はいかん [政治]

 

 

今回の豪雨に対する対策本部が遅かったという指摘がネットで流れています。

 

「政府 非常災害対策本部設置 熊本地震以来201878 815分NHK

政府は、記録的な大雨で各地で大きな被害が出ていることから、8日午前8時、「非常災害対策本部」を設置しました。「非常災害対策本部」は、災害対策基本法に基づき内閣総理大臣が臨時に設置するもので、設置されるのはおととし4月の熊本地震以来です。(以下略)」

 

政府の本部は熊本地震に続いてなので遅かったのかどうかは判断が分かれそうですが。

少し前の経済の動きからのコラムです。

 

「コラム 気流

為替が円安ドル高に振れたニュースに、金融担当記者が「やばい」と一言。円安は輸出企業に追い風となり、景気にはプラスのはず。なぜか尋ねると「日本経済に好材料じゃないですか」▽30代後半。若者言葉を使うなんて、と思い広辞苑を引くと、手元の第5版は「不都合である、危険である」。最新の第7版で調べると「のめり込みそうである」と肯定的な意味が追加しであった。正反対の意味で使われては、コミユニケーションが成り立たない。やばいは紙面ではなるだけ使わない決まりだ▽政治家が好んで使う「遺憾」も意味が伝わらない言葉。安倍晋三 首相は、森友学園が小学校の寄付集めに首相の名を使っていたことも、自衛隊イラク派遣部隊の日報が1年以上隠蔽されていたことも「遺憾である」。これでは抗議か反省か十分からない。遺憾はいかん。」(2018425日西日本新聞)

情報の隠蔽・改竄が珍しくなくなりました。それは遺憾なことです。

 

次のような投稿もありました。

 

「森友や日報・・・ 心底うんざり 80

テレビ、新聞は連日、森友学園、防衛省の日報、加計学園でにぎわっている。 国民は怒りとともに、心底うんざりだ。昨年から「忖度」という字があふれ、小学生でもその意味が分かるほどに。やはり、安倍1強のおごりと弊害が如実に表れているようである。 官僚主導から政府主導になったものの、内閣人事局導入で一変した。上位官僚Jの多くは恐れをなして忖度に動き、政府側は強権で有無を言わせない姿勢である。森友学園を巡る文書改ざん問題の佐川宣寿氏しかり、加計学園問題の柳瀬唯夫氏もそうだ。どこかで歯車が狂い始めたようである。安倍政権も長期となり、強権そのもの「政」と「官」のバランスはウィンウィンが望ましい。小選挙区制の弊害も曲がり角かも。それはさておき、事の真意を知るべく、日々、目が離せない。」(同前)


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役所だけの問題か [政治]

 

 

文科省の収賄事件は掘り下げての報道がない。

 

「 オピニオン  春秋

 あすは七夕。中国ではこの日、織り姫にあやかって裁縫が上手になるよう祈願した。日本に伝わり、和歌や書の上達を短冊に書いて願う風習が広まったそうだ

▼「志望校に合格しますように」。ずいぶん昔、短冊に書いた記憶がある。子どもの合格を祈ったことも。もちろん「裏口からでも」と願った覚えはないが

▼文部科学省の局長が、東京医科大が国の支援事業の対象に選ばれるよう働き掛ける見返りに、自分の子の裏口入学を求めたという。入試の点数を水増しして合格にしてもらったとか。これが選定に便宜を図った「謝礼」と見なされ、受託収賄の疑いで逮捕された

▼事実ならば、許されない公権力の私物化、悪用である。その陰で不合格になった子がいるかも、と思えば怒りは募る。教育行政の元締である文科省の、それも事務次官候補と目されたトップ官僚が。開いた口がふさがらぬ

▼この役所はどうなっているのか。組織的な天下りや加計(かけ)学園問題など不祥事続き。裏口入学が行われたのは天下りが批判を浴び、綱紀粛正が叫ばれるさなかだった。その文科省が「善悪の判断などの規範意識を身に付けることはとても重要」と道徳教育の旗を振るなど片腹痛い

▼あすの予報は雨模様。七夕に降る雨は、天の川を渡れずに会えなかった織り姫とひこ星が流す涙といわれる。こんな人たちに子どもの教育を委ねなければならない国民こそ泣きたくなる。=2018/07/06付 西日本新聞朝刊=」

 

利権政治の延長ではないか。大学側のトップが辞任したので収賄はあったのでしよう。マスコミの反応は弱いのではないか。文科省の前次官に対する介入など忖度政治の影響もあるのではないか。

  

 


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95年は [街で]

 

 

「災害は忘れた頃にやってくる」のでなく九州北部豪雨1年目の7月5日に今年もやってきました。毎年、こんな豪雨がやってくるのではないかと家人と話しました。間違いなく温暖化に立ち向かうことができなかった結果ではないと思う。

 

1995年という年は転換期の時代だという。

 

「オピニオン   デスク日記

 オウム真理教の教祖だった麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚(63)の死刑が6日、執行された。教団が地下鉄サリン事件を起こした1995年は、戦後日本の転換期ともいえる年だった。

 6400人余が犠牲になった阪神大震災の激震に橋脚がなぎ倒された高速道は、安全神話の崩壊を印象づけた。警察庁長官狙撃、閉鎖的な日本球界を飛び出した野茂英雄投手の米国トルネード旋風、インターネット時代の到来を告げるウィンドウズ95の登場もこの年だった。戦後50年、物質的な豊かさを謳歌(おうか)していた日本人が一方で、本当の幸せ、生き方への疑問を抱いていた時代ではなかったか。

 教団が高学歴の若者らを巻き込みテロ集団化した真相は解明されたとは言い難い。法にのっとり死刑が執行されるのは当然としても、当時、怠惰な学生ながらも事件現場の近くで同じ時代の空気を吸っていた者として、その点がどうしても気になる。 (池田郷)=2018/07/07付 西日本新聞朝刊=」

 

パソコンのソフトが一太郎からワードに。ロータスからエクセルに移行し始めた時期だと思います。それには何とかついて行けましたが、パソコンが1人1台になるのは少し先だったように思います。入院していた次男の病室で地下鉄サリン事件の救助中継を観ました。松本サリン事件では警察発表を鵜呑みにしたマスコミの報道が後に問題になりました。マスコミにはそのことについて触れて欲しいと思う。

  


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更新 [街で]

 

 

ポケベルは使いませんでしたがPHSは早い時期に購入しました。バッグにようやく入るぐらいの大きさでしたが、間もなく小型化していきました。ガラケーのケイタイが出始めてもしばらくはPHSのままでした。ケイタイまでは社会の流れに沿っていましたが、スマホで乗り遅れました。退職したこともあり、電話の利用が少なくなりました。だが、次のコラムのような状態だとケイタイも廃棄するしかないかと思い始めています。

 

「 オピニオン  デスク日記

  手元の画面は真っ黒。私用のガラケー(携帯電話)の電池がすぐ切れるようになった。7年間使ったので仕方ない。ショップに足を運んだ。スマートフォンはずらりと並んでいたが、旧型の携帯は店の片隅に2種類だけだった。

 使い慣れた方がいいなあ。「ガラケーで」と店員に伝えると、値段を手書きした紙を示された。一括払いで5万円余り。ドキッとした。

 総務省の通信利用動向調査によると、2017年のモバイル端末の個人保有率は、スマホが60・9%、携帯電話やPHSは29・3%。スマホの保有率は年々上昇し、ついに携帯と2倍以上の差がついた。価格も、携帯とスマホで大きな差はないようだ。

 それでも、押しボタンで操作する携帯は電話もメールも便利だ。買ったばかりのピカピカの機種を手にしていると、妻が「携帯が壊れた。スマホに替えようかな」。新しいガラケーのボディーが、くすんで見えた。 (根井輝雄)=2018/07/03付 西日本新聞朝刊=」


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道徳教育は誰のために [行政]

 

 

作家・北方謙三氏は次のように喝破する。今の話ではない。2015年刊行なのです。激烈な表現のようですが、感情を掬い取ってくれていると思う。

 

「暑いなあ。くそ暑い。

 これはミャンマー、ラオス、カンボジアの、雨季明けの暑さぐらいだ。むこうは、 乾季が進むにしたがって、もっと暑くなるがな。 日本は、暑さの記録が毎年塗り変えられている、という気がする。たまらんなあ。 海の上にいたいなあ。船の甲板は風が吹き抜けるので、大して暑くない。海面反射で、 陽焼けはひどくなるけどな。 ちなみに、石垣島など、南の島の夏が思ったほど暑くないのも、島は風が吹き抜け るからだ。

誰か、責任を取れ。

責任を取る者が誰もいない時は、国会議員が責任を取れ。責任を取る者がいない時は、政治家が責任を取る。責任があることに責任を取るのは、誰にでもできる。責任がないことにも責任を取るのが、国会議員というものだ。だから、ふだん新幹線にただで乗れるのだ。

なのに、責任があることにも責任を取らないやつが、多すぎるぞ。 暑さの責任を、国会議員はどうやって取るか。 考えもしないだろうから、私が教えてやろう。まず、新幹線は自腹で乗れ。飛行機も。空港で、特別待遇を受け横道から出る、などということは禁じる。間違っても、 黒塗りの車などに乗るのではないぞ。議事堂前に地下鉄の駅があるのだから、それで国会へ通え。議員宿舎だの議員会館だの、ホテル並みの施設からは即座に出て、六畳、 シャワーのみ、エアコンなしの部屋に移れ。 とんなに暑い時も、外で働いている人はいるのだ。」(『十字路が見える』)

 

加計学園問題では忖度したのであろうか。前事務次官に対する態度は何に対する惧れなのか。そこから発案された道徳教育とは何か。天に唾するとはこのことではないか。誰か責任を取ったか。


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プルトニウムへの懸念は [原発]

 

 

7月3日の新聞は次のように伝えています。

「プルトニウムの削減明記、基本計画を閣議決定 7/3() 読売新聞 ヤフーニュース

 政府は3日、新たなエネルギー基本計画を閣議決定した。4年ぶりの改定で、原子力発電所の使用済み核燃料を再処理して出るプルトニウムについて、「保有量の削減に取り組む」と初めて明記した。核兵器に転用可能なプルトニウムの保有量の増加に対する国内外の懸念を払拭(ふっしょく)する狙いだ。(以下略)」

ところが テレビニュースでは「アメリカの懸念に配慮した削減計画」としたとのみ伝えたところがありました。何が懸念されるかと伝えません。何のことが分かりません。脱原発に踏み切らないのはプルトニウムを保有しておきたいという意図があると大臣経験者が述べた記憶があります。脱原発に踏み切らないのは・・・・。廃炉も大事ですが・・・。

 

「東日本大震災、福島第1原発事故とは何だったのか

「災後」の社会に地殻変動的な変化は生じたか

長い時間の中で事故を見詰める覚悟を

吉見俊哉

5年前、社会時評の執筆を始めたとき、私が出発点としたのは東日本大震災から2年後の日本だった。当時、格納容器に溶け落ちた核燃料を冷やす水が高濃度汚染水となり増え続け、放射能の除染作業も先の見えない状態だった。ところが人々の関心はアベノミクスの経済効果に向かい、原発事故への関心は薄まりつつあった。私には、この感覚麻痺が半世紀前、反核のうねりが経済成長やオリンピックへの期待にのみ込まれていった時代に重なると感

じられた。本欄の執筆を終えるに際し、もう一度、出発点に立ち返りたい。東日本大震災、そして福島第1原発事故とは何だったのか。この出来事の教訓は何か。震災後の歴史を「災後」と呼ぶことができるなら、それは敗戦後の「戦後」と何が異なるのか。変化はまだ表にはっきり表れてはいない。震災後、農漁業は徐々に復活し、道路や街並みの整備も進んだ。工程表通りに作業を進めるのは日本の得意技だから、工事は着実に進む。他方、仮設住宅住まいの人は残り、家族を失った人の心の傷も癒えない。被曝で住民避難が長引いた地域で は、野生動物が過剰繁殖し、 人間が自然からの逆襲を受けている。 これらはしかし、表面上 の推移である。震災を期に、 この社会に地殻変動的な変化は生じたのか。 一方で、「生じていない」 証拠はいくつもある。震災前に回帰すべく原発再稼働に向けた政策が打たれ、地方が国の公共事業に依存する体制も変化がない。東京オリンピックをめぐる問題の続出は、私たちが1964年的価値観から抜け出せていないことを露呈させた。沖縄問題、近隣諸国との関係、日米関係のいずれでも、日本が世界に向ける姿勢に変化がない。歴史の慣性が保たれている。すると、震災後の日本の姿から出発した本欄は、何も変化がないことを5年間、検証し続けてきたのか。 それも単純すぎる理解だ。変化は生じていないわけではないのだ。見えないところで生じてきたと言うべきかもしれない。(略)

実は、今ほど私たちに未来への信頼できるヴィジョンが必要なときはないのである。それには一時的な「夢」の心地よさに酔うのではなく、長い時間の中で自己を見つめる覚悟が必要だ。私はこれまで、震災・原発事故の記録を統合する記憶庫の創設を訴えてきた。記憶庫を通じて過去と正面から向きあうことが、社会が陥りがちな健忘症の治療薬となる。その記憶庫か向けられる先は、半世紀以上先の未来である。その 頃までにどのような「豊かな」社会を実現していくべきなのか、しっかりとした ヴィジョンがなければ廃炉作業一つ、脱原発一つできないではないか。(ハ一パード大客員教授)」(2018317日西日本新聞)

 

 

 


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感動したこと [平和を]

 

 

鈍感な私には感動が少ない生活をしていますが、次の投書の方と同じような感動をもらいました。

 

「(声)詩「生きる」を音読、心に響いた 54歳 201873日朝日新聞

 6月23日の沖縄全戦没者追悼式。私は毎年この式で朗読される児童・生徒の「平和の詩」が好きだ。今年は中学3年の相良倫子さんが「生きる」を読み上げた。自作の6分半の長い詩を力強く暗唱、先人たちに不戦を誓った。言葉の抑揚、そして何より内容が素晴らしかった。

〈私が生きている限り、こんなにもたくさんの命を犠牲にした戦争を、絶対に許さない〉という決意。幼い頃から「戦争は人を鬼に変える。絶対にしてはいけない」と曽祖母に体験談を聞かされてきたそうだ。いろんな複雑な思いがあるだろうに、よく話してくださった。

 私も相良さんの詩の全文を音読してみた。とっても気持ちがよかった。私も今までと変わらず故郷を愛し、静かに過去を見つめ、平和を祈り、未来へ生きていきたい。相良さんの平和を守る、という揺るぎない意思を持った頼もしい若者が一人でも増えることを心から願う。(以下略)」

 

この若者はどうしてこのような精神を育むことができたのでしょうか。体験を聞いたことも大きいのではないでしょうか。

 新聞の戦争体験投稿欄からです。

 

「床下の防空壕 入れず命拾い  84

194588日の八幡大空襲。国民学校6年生 の私は午前10時ごろの空襲警報で母、2人の妹とともに近くの半地下式の防空壕 に逃げ込んだ。その直後、 ものすごい音とともに煙が壕以の中に入ってきた。妹2 人は煙にむせんで泣き叫 び、もう死ぬかと思った。 しかし幸運にも助かった。 前年の820日の空襲で は、わが家の床下の防空壕 にいた。八幡製鉄所が攻撃 目標だったので、爆弾の落 下のものすごい音は恐怖だったが無事だった。 翌年の市街地の空襲で、わが家の防空壕に入っていたら間違いなく今は亡い。近所の人たちや、前日まで遊んでいた友達など家の防空壕に入っていた人は全滅だった。

なぜわが家の防空壕に入らなかったのかと母に聞いた。すると、先祖が残している大切なものを多く入れていたので私たちが入る場がなかったのだと言う。あれから73年。毎年8

8日の慰霊祭に参加するが、同級生とは一人も会えないという、この不思議な体験。これが戦争というものだろうか。」(2018629日西日本新聞)

 


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税収は増えても [経済]

 

 

「にんげんをかえせ」で知られる『原爆詩集』の峠三吉さです。『原爆詩集』の絵は四国五郎だという。

 

「原爆詩人、晩年の手紙発見 峠三吉、闘病と活動の様子つづる

20180630日西日本新聞

 原爆詩人として知られる峠三吉(1917~53年)が晩年、文学仲間に宛てた手紙2通が見つかったことが30日、分かった。「広島文学資料保全の会」が峠の遺族から譲り受けた資料群の中にあった。病と闘いながら、詩の活動に打ち込んでいた様子が浮かび上がる。(以下略)」

 

峠三吉とは無関係な話ですが・・・。

税収は増えても国の借金は増えるばかりだし、国民の税金やいろんな負担増とインフレで苦しめられている。

 

「国の税収、58・8兆円…バブル期以来の高水準20180630日読売新聞

 2017年度の国の税収(一般会計分)が、16年度よりも3・3兆円多い58・79兆円程度だったことが分かった。バブル期の1991年度(59・8兆円)以来、26年ぶりの高い水準だ。財務省が来週、発表する。

 堅調な世界経済を追い風に、企業業績が好調で、法人税収が伸びた。消費税、所得税とあわせた「基幹3税」の税収は、いずれも16年度を上回った。

 財務省は当初、17年度の税収を57・7兆円と見積もっていたが、1兆円あまり上振れした。(以下略)」

 


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自分たちの責任では [社会保障]

 

 

税収はバブル期に並ぶ額になっているという。それでも生活は良くならない。報道によれば「共産・小池氏「トヨタの内部留保、使い切るのに5千年」」(2018630日朝日新聞)

という。1980年代から徐々に下げられてきた法人税は大企業に優しい。

 

政治家は勝手なことをしゃべってといます。

「(声)産んで幸せと思える社会を 53歳 2018630日朝日新聞 

 自民党の二階俊博幹事長が、「子どもを産まない方が幸せ」というのは「勝手だ」と述べた。同党議員の出産への度重なるご意見に、3人育てた私から一言申し上げたい。そういった言葉が、欲しくても子どもを持てない方をどれほど傷つけているか想像したことがありますか。子を持つかどうかは義務ではなく自由ではないでしょうか。

 子育ては少なからず自己犠牲の上に成り立つものです。子どもたちが幼い頃は様々な感情と葛藤の日々でした。やりたいことを後回しにしての毎日が続くのです。専業主婦になれば社会と隔絶され「○○ちゃんのママ」となり、名前も呼ばれない。この空しさは味わってこそ理解いただけるかと思います。

 第1子を出産した平成の初めから少子化と言われていましたが、20年以上経過しても子を持つ者への社会の配慮には何の変化も感じられません。保育所を増やせば良いという問題ではなく、子を産んで幸せと思える社会にすることが大切なのでは。(以下略)」

 

少子化を親に言う前に担当大臣がいるのですからなぜ進まないのか分析すべきでは。産まないから悪いのだという大臣ではないはずだ。フランスでは成功したという政策を日本は取り入れているのでしょうか。

 


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自分の言葉で [平和を]

 

 

圧巻でしたし、スケールの大きい意見でした。

 

「みんなの広場 沖縄の若者の朗読が圧巻=54歳 毎日新聞2018628

 23日の沖縄全戦没者追悼式で、平和の詩「生きる」を朗読した中学3年の相良倫子さんが素晴らしかった。

6分余、終始真っすぐ前を向いて堂々と暗唱された。張りのある声に抑揚をつけながら、表情豊かに、語りかけるように、言葉を紡いだ。戦没者への哀悼や沖縄への愛、平和の在り方、未来への道しるべを、力強く丁寧に表現した。生き生きとしたその姿には、反戦への断固たる決意と、これからを生きる希望が、はちきれんばかりにあふれて圧巻だった。こんなにも頼もしく、立派な若者を育てた沖縄の大地に、畏怖(いふ)の念さえ抱いた。相良さんに心から感謝と拍手を送りたい。

この後、壇上に立った安倍晋三首相は、ほとんど紙を読むだけのあいさつだった。薄っぺらで上っ面だけの、安っぽい言葉の羅列に過ぎなかったように感じた。(以下略)」

 

詩の冒頭に「マグマ」が出てきて驚きました。投稿の方と同意見です。

日本の大臣などは官僚が作成したメモを読み上げるだけの人になっています。記者会見ではもっと自分の考えを出してもらいたい。

 


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働く者の意識も [働く]

 

 

高プロの制度を待ち望んだのは誰か。国会延期までして成立を願ったのは誰か。やがて働く人たちの苦難が現実化するでしょう。でも、働きかたには様々な問題があります。次の投稿も現実です。

 

「(声)働き方改革、しわ寄せは誰に 57歳 2018629日朝日新聞

 私が勤務している派遣先の会社では、働き方改革の取り組みとして、水・金曜日と給料日は定時退社、他の曜日は午後8時までの退社を推奨しています。課長によっては、その都度、定時退社を促す周知メールを一斉送信したり、一人一人に言って回ったりすることもあります。

 それは一見、一人一人に気配り、目配りが届いていて良いことに思えます。ただ、定時で仕事を終わらせて帰りたい気持ちは山々ですが、どうしてもその日のうちに仕上げなければならない仕事があることもあります。同僚から「何で定時に帰らないの? 残業しちゃいけないんだよ」と叱責(しっせき)され、理由を説明しても「しちゃいけないんだよ」の一点張りで白い目で見られます。残業代欲しさに残っているわけではないのに。

 社員は残業の原因を知ろうとせず、結局、正社員の仕事が派遣社員に回されて派遣社員たちだけが残業をせざるを得ない状況があります。政府は、改善策を企業に義務づけるような法律を整えて欲しい。社員も派遣社員も人材・財産という意識改革を願います。」

 


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働き方も [働く]

 

 

 

 月曜日のテレビ「Youは何しに日本へ」をよく見ます。気づいたのは3週間程度の休暇を取り、日本観光に来る人が多いのです。ドイツの働き方を書いた本を読んだことがあります。休暇がたしか年間100日だったと思います。休んでも困らないように顧客情報などは共有しているという。

 

「(声)労働習慣そのものにメスを 70歳 2018627日朝日新聞

 働き方改革関連法案の行方を注視している。しかし、果たして労働時間だけの問題なのだろうか。

 商社に勤める若い教え子の話である。彼の話によれば、とにかく頻繁にお得意さんを接待する食事会があるという。何軒かはしごして、帰宅が午前3時とか4時とかになることもまれではないそうだ。接待とあれば、関係する部署の部員は仕事の一環として自動的に参加することになる。しかし、これに残業手当がつくことはないだろう。

 また、日本には単身赴任がある。社員の意向には関係なく、他府県に異動を命じられる。子供の教育を考えれば、転居というわけにいかず、単身赴任を選ぶ人も多い。日本は社員ではなく、あくまでも企業中心の社会なのだ。(以下略)」

 

労働組合に御用組合が増えたのでこんなになったのだと思う。個人では太刀打ちできないのでは。


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誰のために作るのですか [政治]

 

 

森友・加計と続く疑惑がありながらのカジノなどの施設づくりは何のためなのでしょうか。

もうすでに公営賭博はあります。

 

「不運を踏み台 IR法案反対 67

政府は統合型リゾート施設(IR)法案の成立を目指しているとか。カジノのほかホテルや劇場、ミュ一ジアム、ショッピングモ一ルなどを一つの区域に含む統合施設。雇用を生み出し、ものすごい経済効果を生み出すのだという。世界ではマカオやラスベガス、シンガポールなど多くの国や地域で設置され、市場規模は10兆円超。全体面積の5%程度のカジノがIR全体の売上高の80%以上を売り上げる。まさにお金を生み出す玉手箱だ。

しかし、カジノはギャンブルだ。刑法にいう賭博罪は犯罪である。日本では競馬、競輪、ボートレース(競 艇)、オートレースなどの ギャンブルは法的に許されている。個人で賭博を行えば犯罪になり、地方自治体 などが行えば犯罪にならないというのもおかしな話だ。(以下略)」(2018414日西日本新聞)

 

今もって納得できる説明に出会わない。

 

 


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