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『大本営発表』を読んでみた [読書]



』を読んでみた

 

 

サブタイトルに「改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争」とある通りが「大本営発表」ということは知っていたので読む必要がないと思っていましたが、原発事故で繰り返された発表やオリンピック誘致の際の総理演説などを聞くと、言葉の使い方で事実とは違うことを表現することにさして危機感がないことに驚きました。その理由を少しでも知りたくて購読しました。

冒頭に次のように述べています。

 

大本営発表は、日本メディア史の最暗部である。
軍部が劣勢をよそに「勝った、勝った」とデタラメな発表を行い、マスコミがそれを無批判に垂れ流す。そして国民は捏造された報道に一喜一憂させられる。かつて日本にはこうした暗い時代があった。
戦後七十年以上がすぎてなお、大本営発表が「あてにならない当局の発表」の比喩として盛んに使われている事実は、この体験がいかに比類なく強烈だったのかを物語っている。二O 一年三月に発生した福島第一原発事故に関して、経済産業省、原子力安全・保安院、東京電力などの発表が「大本営発表」として批判されたことも記憶に新しい。大本営発表とは本来、一九三七年十一月から一九四五年八月まで、大本営によって行われた戦況の発表である。大本営は日本軍の最高司令部だったため、その内容は基本的に軍事的なものに限られていた。にもかかわらず、その発表が今日ここまで強い印象を残しているのは、そのデタラメぶりがあまりに酷かったからにほかならない。」

 

この流れは、自動車メーカーの燃費捏造にも通じると思う。組織防衛のためには許されるという発想が私たちの中に許される論理としてあるのかもしれない。他人事ではない。


戦地に残された子ども [平和を]

 

 

外国に住む日本人を尋ねる番組がありますが、森山良子さんがロシアの70歳代の女性を訪ねました。満州(現中国東北)に産まれたのですが、当時のソ連の侵攻により、両親は自害したという。残された赤ちゃんはソ連兵に拾われ、今のロシアに連れていかれます。児童養護施設に預けられましたが、当時のソ連では日本人言えばいじめられると中国人と言われたそうです。ある時、ソ連兵から日本人だと教えられたが、自分がどういう出自なのかは分からないままだという。年齢も推定で72歳程度だとしか分かりません。日本語も話せません。淡々と語る人生の運命の過酷さに胸が痛みました。戦争責任にはこういうことも含まれているのだと思います。

 

少し話は違いますが、満州のエピソードです。

 

「両親が残した財産返還

貯金通帳など29点 春日市

満州引き揚げのきょうだいへ

 

2次世界大戦後、満州(現中国東北部)から引き揚げた春日市大土居の速水三郎さん(71)と、姉の足立晴子さん (73)に今月、引き揚げに際して両親が現地で預けた郵便貯 金通帳など29点が約70年ぶりに返還された。金銭的な価値はないというが、きょうだいは「親が残してくれた財産ですね」と感慨深そうだつた。(鎌田浩二)

8月、同様に通帳が返還 されたという報道を見た足立さんが、隣家に住む速水さんに相談。門司税関に問い合わせると、親の氏名や 出身地などから該当する物 横浜税関が保管している ことが分かった。 2人の父親は満州の本渓 湖という街で暮らし、鉄関 係の仕事をしていた。速水さんに当時の記憶はないが、足立さんはかすかに覚えていることがある。父親の書斎には壁一面の本棚があったこと、寒い満州でも家の中は暖かかったこと。豊かな生活ではあったが、終戦後に兵士が家に来て父親の腕時計を奪おうとしたこともあったという。
技術者として父親は終戦後も数年間、現地で指導役を務め、その後に家族4人で日本ヘ出発。引き揚げ船ではなく漁船で長崎県の佐世保港に到着した。当時、通帳などは連合国軍総司令部(GHQ)が持ち込みを制限。このため出発前に現地で預けたとみられる。 両親は既に他界。「満州を覚えていない弟に、少しでも伝えたい」との足立さんの相談をきっかけに、返
還されたのは「郵政儲金簿」貯金通帳や「郵政定額儲金讃書」(定額貯金証書)など。多くは父親か母親の名義だが、学費などに充てる予定だったのか、足立さん名義も1冊あった。「種瀕が多くて驚いた。当時の暮らしがうかがえる」と話す速水さん。全国の税関には終戦後、海外からの引き揚げ者が在外公館などに預けた通貨や証券など約86万件が保管されたままで、「私たちにように、多くの人に返還手続きを取って知ってほしい」と述べた。」(2016922日西日本新聞)

 

 

 


掛け声は自然に [老化]



 



 



「ヨッコイショ」が私の掛け声です。



 



「【かけごえ】掛け声 樋口伸子



 



秋の祭りは夏の祭りよりも、どこかしんみりとしたものがある。 それは季節感のせいもあるが、掛け声ひとつにしても威勢の良い夏
祭りとは趣がちがうようだ。
祭りにかぎらず、掛け声ってなんだろうね。景気づけ、気合入れ、一体感のノリ、
出だしの合図、などなど勝手に挙げてみる。オッ
ショイ、ワッセ、ラッセー、ヨーイヤサ。あ、外
国にもフラメンコのオーレがあった。単発型と連呼型では調子もことなる。
ふむ、ふむ。だけど、誰もがよく口にする、とても身近な独り言みたいな掛け声があるでしょ。
元は自分への励ましゃ気合なんだろうけど、それ
が口癖になると、なかなか抜けないの。
そう、そう、それはドッコイショ。掛け声か独り言かは知らないけれど、一度も口にしたことがない大人はいないだろう。いや、子どもでも今どきの重いランドセルを背にして、ドッコイショ。木材の作業場が近くにあった頃、重い丸太材を持ち上げる男たちの掛け声、セーノをよく聞いた。今ではリフト機が黙って持ち上げる。さて、わが先祖には、ヒトを食ったひょうきん者が何人かいた、らしい。残っている身内がいうには、盆は仏壇の中がうるさかったが、皆、セーノちゅう声であっちに戻り、静かになった。明治初めに生まれた祖父さんは、最期にア、ドッコイショって言い残して向こうに逝った、げな。じゃあ、アンタは?うん、俺はな、ドッコイショちゅうて生まれてきた、げな。(詩人、福岡)」(2016920西日本新聞



 



掛け声をかければ体が動くように思う。だが、まだ片付けていない羽根のない扇風機の太めの電気コードに足がひっかかり、こけました。誰にも文句を言えません。この程度でこけるようでは掛け声なしでは部屋の移動もままなりません。衰えましたね。



 


台風逸れてくれ [環境]

 

 

 

ニュース川柳

・台風の進路確かめ釘を打つ

新しい顔で民進前進か

東京都誰がだましただまされた

・パラ五輪力をもらう健常者」(2016920日西日本新聞)

 

台風と雨の量の多さ。異常気象と言うが、それが続けば「異常」とは言えないのではないかと思う。台風16号も被害甚大ですが、なんとか外れて欲しいと願うが、本土上陸。すると自分のところに来ないでと思う。勝手なことだと思いつつ。

東京都の市場問題ではテレビはしつこいです。国政ではないからかもしれません。でも、富山の政務調査費のことは取扱いが少ないのでは。

パラリンピック。金メダルがないとマスコミは言うが、メダル以上のモノを教えてくれました。メダルを言う前に競技環境を質してもらいたい。

 

一人の生き方の問題として読みました。

 

「(声)義父から娘に語り継がれた戦争 57歳 2016919日朝日新聞

 

 この夏、義父が逝った。91歳だった。棺の中に一通のリポートが納められた。

 大学4年生の私の娘が書いた「祖父のライフヒストリー」。飛行機整備兵として満州(現・中国東北部)で終戦を迎え、旧ソ連のキリトマシャート収容所に抑留された義父から、体験を聞き取り、仕上げたものだ。

 義父はそこで強制労働を強いられた。栄養不足から弱視になるような厳しい環境の中で「なんとしても日本に帰ろう」と、仲間と助け合って生き抜いた。1948年に帰国し、横浜市水道局で定年まで勤め上げた。定年後も遺跡発掘の現場で働いた。

 娘は「これまでの人生を支えたものは何?」と問うた。義父は幼いころから農作業に従事し、敗戦後は強制労働に耐えた人生を振り返り「つらい労働に耐えてきたこと。だから、その後は何も苦にならなかったよ」と答えた。

 過酷な体験をも糧にして、義父は自分の人生を積み重ねた。娘は生きる力のすばらしさを感じただろう。なにより、祖父の体験を詳しく聞くことで、戦争をぐっと身近に感じたに違いない。

 2人は、聞き取りを通して心を通わせた。もう義父の話は聞けないけれども、娘は生の戦争体験に耳を傾け、記録に残し、記憶に留めた。次は、娘が語り継ぐ番だ。」


小さき体が支えて [老化]

 

 

支え合いには場が必要ですね。ひとつの例です。

 

「住民支え合いの場誕生

福津・宮司浜「サンクス

 

土曜日の朝に訪ねると、ギターに合わせてお年寄りの歌声が聞こえてきた。福津市宮司浜の 住宅街にある「サンクス」は、福祉施設でも公民
館でもない。近所の住民の寄り合い場。使われず
に荒れていた企業の保養所を住民の手で改修し、7月に生まれ変わった。目指すは、住民が支え合うまちづくりの拠点。(今井知可子)

 

元保養所を有志が改修、世代超え交流

 

宮司3区ではこれまで、 ソフトボール仲間が中心と
なって、住民の困り事相談やごみ出し代行などのボラ
ンティアをしていた。7 からはサンクスが活動拠点 になり、民生委員やシニアクラブの人たちが加わって運営している。サンクスの使い道は幅広

い。ある日の午前中は、高齢者向けの介護予防体操に歌声喫茶。おばあちゃん、おじいちゃんは持参した弁当を一緒に食べ、午後はおしゃべりや合唱の練習を楽しんだ。(一部引用)」

2016914日西日本新聞

 

大地と共にというありきたりの表現で申し訳ないが、こういう人たちで支えられているのでしょう。気負いがないのも・・・。

 

「『百姓一代目』 人生悔いなし  77

 

私は小さいころより引っ込み思案、取りえのない人間と思っていた。「顔が良くない」と母に言うと、丈夫な体を喜ベ一喝された。もらい手もなかろうと思っていたら、縁があり、今日がある。
貧乏で日雇いの家だった。勝ち気なおしゅうとめ、働き者の夫のおかげで、借金にまみれながらも土地
を求め、本当の「百姓一代目」になり、うれしかった。
が、世の流れには逆らえない。子たちは家を出る。2代目がいない小農家の運命。断腸の思いで見送った。2人で農地を守ってきたが、夫の入退院もあり、今
はぼそぼそとやっている。
生活の糧としてかわいがつてきた山畑は、荒れてしまうだろう。寂しさもある。
野辺の草花のように小さく生き、はや80歳近く。大 病もせず、本当にありがたい。わが人生、これで良かったのだ。小さき体がよく耐えたものだ。ありがとう、幸せよと言ったら、夫も喜んでくれた。与えられたこの体、命、親、先祖・・・。私の周りの全てに
感謝です。」(同前)


午後9時過ぎの私 [老化]

 

 

「本ダネ

シニアの品格」 小屋一雄著

タイトルだけで「説教くさそう」と敬遠したら、もったいない。現在の社内での立場 に不満を抱え、妻との関係も
ぎくしゃくしている59歳の男 が、テニススクールで出会っ た聞き上手の88歳の老人と交 わす対話を通して、老年期の心のありようをじっくり考え
させてくれる秀逸な本だ。
人材育成コンサルタントの
著者は、対話しながら相手に
自ら問題解決を促す「コーチング」の指導者でもあり、人物造形や対話内容には自身の経験とノウハウが詰め込まれている。

対話に登場する「人生時計]という発想も面白い。人生80年を1日に圧縮すると、今の自分は「何時」にいるのかを考えるもので、60歳なら午後6時、70歳なら同9時だ。あなたは自分の残り時間をどう使うだろうか。〔小学館・1620) 〕(2016915日西日本新聞)

 

午後9時過ぎには寝ている時も増えています

老後の生活に「おひとりさま」の場合も増えます。デジカメの自撮り用があるそうです。

 

「進化する自撮りのデジカメ

この連載で困るのが写真 す。おひとりさまなので「シャツター押してちょうだい」 と気軽に言える相手がいな
い。1人で撮れるかどうかで、 写真の説明文だけでなく、原稿も内容が変わるのよ。 セルフタイマーもあるが、
だいたいここいら辺りと目星を付け、走って行きポーズを取る。しかし体がはみ出たり、変な表情でシャッターが押されたりの繰り返し。1人で写真がうまく撮影できれば、もっといろんなことを書けるのになあ。 そんなとき、テレビ番組で
タレントのマツコ・デラック
スさんが新製品を使う企画を
見た。自撮りが進化している
という内容で、スマートフォ
ンケースに自撮り棒が内蔵されている物などが紹介され
た。そこで、自撮りがしやすいデジタルカメラも出ていた
の。
画面が180度回転し、撮影される画面が見える。これなら、自分の顔やポーズを確 認できるね。さらにすごいのは、その画面に向かって手を振ったら、数秒後にシャッターが下りるの。いちいちセルフタイマーをセットしなくてもいいのよ。(以下略) (トコ=コラムニスト)」(同前)

 

スマホになじみにくい私たち世代にはいいかも。


人生を重ねて [老化]

 

 

率直な感想は同じです。

 

「政治応える番天皇生前退位   70

 

天皇陛下がビデオで生前退位のご意向を表明された。テレビとラジオの違いはあるが、終戦を告げる71年前の昭和天皇による玉音放送が想起された。現天皇は国事や皇室の諸行事を誠心誠意、遂行されてきた。象徴として何をなすべきかを模索され、戦没者への慰霊訪問のほか、地震などの自然災害の被災地へも赴き、慰労されてきた。国民に寄り添うそのお姿に、好感を持たぬ国民はい
ないだろう。しかし、入院手術や高齢に伴う心身の衰えもあり、生前退位の希望をにじませられた。天皇がスケジュールに縛られ、制約の多い生活が生涯続くのはお気の毒なことである。お望みなら「隠居生活」を楽しんでもらいたい。

天皇は125代田という。今回の意向表明は文化の継承も担う天皇家の役割を国民が考えるきっかけとなった。次は政治がどういう答えを出すかである」(2016818日西日本新聞

 

2度の脳梗塞から復活した西城秀樹さんの随筆です。

 

「ヒデキカンレキ

 昨年4月、8年半ぶりに発売した新曲「蜃気楼」には、運命的な出会いを感じました。(略)

♪ もう一度だけなら/立てる気がした/焦げ付きそうなこの身体/どうしようもなくて叫び続けた/あの日の俺はもういない(略)

病気をした後にあらためて聞くと、闇の中で見えた一筋の光に向け突き進む勇気を描く歌詞が、自分のことを表しているかのようで「私の曲だ」と直感しました。2012年秋の復帰コンサ一トでタイトルを告げないで歌ったところ「あの歌は何?」と、ファンからの問い合わせが殺到しました。コンサートの締めくくりで歌い続けるうち「曲を残さなければ」とい
う思いが強くなり、昨年4 の還暦を機に発売したアルバ ム「心響」に唯一の新曲として収録しました。 僕は病気をして初めて、人サ生の「闇」の部分を知ったとで思います。だからこそ、家族と過ごす何げない日々のありがたさといった「光」の部分も見えてきた気がします。コ ンサートでは涙を流して聴いてくれるファンがいます。想像以上の反響があるところをみると、僕と同じように病気をしたり、心に傷を負ったりした人の心に響いているのではないでしょうか。還暦を人生の再スタートとして、これからも健康に気を付けながら、頑張ろうと思います。(西城秀樹、歌手)」(同前)

 

なにげない1日に感謝しつつ。


車内広告の進化 [経済]

 

 

「「宅急便」かたる偽メールに注意

ファイル添付全国で続々

 

ヤマト運輸を装った添付ファイル付きの偽メールが全国で出回ってい る。ファイルを開くとウイルスに感染し、ネットバンキングのログイン情報などが盗まれる恐れがある。同社は「添付ファイル付きのメールをお送りすることはありません」とホームページで注意喚起。削除するよう呼び掛けている。(以下略)」(2016915日西日本新聞)

 

このメール本当に迷惑です。

景気のいい話があるという。

 

「気流

景気のいい話を聞いた。西日本鉄道の路線バスの車内広告が好調だそうだ。代理店の西鉄エージェンシーによると、売上高は2012年度から増収が続き、4年間でほぼ倍増。電車の広告に比べ、持ち直し傾向が顕著だという▽通勤時に目を凝らす。広告ポスターはまばらだが、座席の前や降車ボタン近くにステッカー広告が貼ってある。降車ボタン近くのそれ

は、8月から福岡都市圏のパス400台でお試し中の新商品。ボタンを押す際に目に入
る場所。スマホ族にもアピー
ルできる▽山手線の電車のようなデジタルサイネージ(電子看板)2年前に取り入れ た。福岡市内の100円循環バス22台に2台のモニターを設置したパスビジョン。天気予報やニュースなどのコンテンツの合間に広告を流すスタイルで乗客の目を集める。車内広告も年々進化している。」(同前)

 

私が住む場では車内で文化財の紹介もあります。


失せ物が [支え合う]

 

 

「障害者の気持ちを疑似体験

早良区・四箇田小で保護者ら30

 

疑似体験を通して障害者への理解を深めてもらおうと、知的障害者とその家族ら約400世帯でつくる「福岡市手をつなぐ育成会保護者会」(下山いわ子会長)12日、福岡市早良区の四箇田小(一井稔彰校長)で体験 会を開いた。これまで公民館などで一般を対象にしてきたが、初めて小学校で開催した。(以下略)」(2016914日西日本新聞)

 

相模原での事件を思えば、大事な活動ですね、

 

次は、それでも救われるような話です。

 

「花時

 

福岡東支局に着任して 1週間のこと。やってし
まった。新宮町のガソリ
ンスタンドで給油した
後、財布を車の屋根に置
いたまま走り、紛失した。
現金の他、運転免許証や保険証も入っていた。20分後、慌てて戻ったが、後の祭り▽恥ずかしい限りだが、かつて勤務した佐賀長崎でも同じミスを繰り返したミ2度とも通り掛かりの人が近くの 交番に届けてくれ、数時 間後には手元に戻ってき
た▽交番に行ったが、音沙汰なし。「やっぱり福岡
は都会だ。「現金を抜かれて捨てられたんだ」と自らの不注意を棚に上げ、
邪推し始めた夕方、警察から連絡が入った▽今回も中年の男性が匿名で届けてくれた。来日した外国人の多くが、日本人の親切さに驚くという。男性への感謝とともに福岡でも日本の誇りを実感した。(上野洋光)」(同前)

 

私は、ATMの銀行カードを落としたことに気づきませんでした。銀行から電話があり、届けてくれた人がいたという。その人は名前を教えないでほしいと言われたそうです。ありがたい。自分もそうしたいと改めて思ったものです。

 

 


民進党は国民の期待に応えるべきでは [政治]

 

 

どこのバス停がどこに行くのか、福岡市・天神地区で通勤・通学に利用している人以外では分かりにくい。バス王国なので多数の行き先があります。

 

「春秋  

「どこから、どのバスに乗ればいいの?」「えーっと、それは…」。乗客は戸惑い、運転手も頭をかく。福岡市の都心・天神地区のバス停で、よく見掛ける。無理もなかろう

乗り場はざっと数えても10カ所以上。行き先別に細かくみると、20カ所以上に分かれる。行き先表示は「1」から「500」番台まで。加えて「W」や「快速」「特快」「ライナー」…

▼大きなイベントがある日は「臨時」「直行」も行き交う。路線によっては、運転手が案内に苦労するのも分かる。複雑すぎて…と閉口する観光客もいるが、乗客の利便性や渋滞対策上、やむを得ない部分もある

▼バスの語源はラテン語の「オムニバス」。手元の辞書によると、もともとは「すべての人のための」という意味だそうだ。“バス王国”とも呼ばれる福岡に限れば、ぴったりくるかもしれない

▼問題は少子高齢化である。この先はどうなるのか。過疎地では既にバス路線の廃止や減便などが続き、公共交通の恩恵を享受できない地域が広がっている。高齢者らに配慮した「ノンステップバス」の導入が進む都市部との落差は大きい

▼今週末から来週の「敬老の日」(19日)にかけて3連休の方も多かろう。秋の行楽シーズンである。マイカーはやめて、路線バスで出掛けることもお勧めしたい。都市がいかに恵まれ、地方の疲弊がどれだけ進んでいるか。バスの本来の意味を見つめながら…。=2016/09/13 西日本新聞朝刊=」

 

沢山の路線と郊外からの乗り入れのために「特快」などスピードに対応したり、都市高速を利用しての時間短縮などに対応していたら複雑になったということでしょう。いくつかの停留所で案内人がいますが、それでは解決できるでしょうか。

 

 それで思い出したのが民進党代表選。国籍が問題だと報道されています。そんなことしか候補者の違いはないのでしょうか。マスコミもどうかしているし、現代表を好きだとか、嫌いだとか、そんなことしか話題にならないのも問題だと思う。自民党よりはましだと選択された初心に還ってみてはどうかと思う。

民進党の代表選では国籍の問題が浮上しています。代表選そのものに興味はありませんが、日本国籍があれば、二重国籍であれどうでもいいことのように思う。これでは、外国人労働者や難民受け入れなどは都合のいい安上りの労働力確保と見られても仕方がないのて゜はないか。

 

 


「神ってる」流行語大賞になるか [街で]

 

 

デスク日記

 

 「第4コーナー」を回ってホークスの足取りが重い。先日は最下位オリックスとの4連戦で苦戦。「約25ゲームも離している球団に…」とのファンの歯ぎしりも聞こえるが、一昨年まで監督を務めた秋山幸二氏の見方は違う。

 「この時期、重圧がさほどなく、捨て身で来るチームほど怖いものはない。なぜなら彼らは失うものがないから」。それはホークスと激しい首位争いを続ける日本ハムにも当てはまる。先日、6点差を追い付かれ、辛くも引き分けた相手もオリックスだった。

 21日と22日の直接対決2連戦が、大一番なのは言うまでもない。だが、そこに至るまでの下位との戦いでどこまで勝ちきれるか。「ホークスの選手は勝つことの難しさ、思うようにならない難しさ、達成する難しさを知っている」。秋山氏が率いた2年前のリーグ戦は「最終戦」に勝って優勝を決めた。経験を生かす戦いで、その言葉を証明してほしい。 (西口憲一)=2016/09/13 西日本新聞朝刊=」

 

広島のぶっちぎり優勝を予想した人がいたのでしょうか。緒方監督の実家・佐賀県鳥栖市でも優勝セールがあったという。25年ぶりと言うが、ホークスは3連覇を狙っています。福岡のファンに25年待つことができるでしょうか。西日本決戦の日本シリーズを観たい。

 

話題は変わって戦争体験記からです。

 

「帰れぬ郷里見守る忠魂碑

 

私の郷里は、今も戸数50戸ほどの山村の集落。私の記憶でも20人ほどが出征し、56人が復員したのみ。他は白木の箱となり、 無言の帰還。その家の玄関口に「誉れの家」の表札が 掲げられた。優しかった伯父やいとこ、同級生の父の面影が去
来する。思い起こせば、太
平洋戦争の戦火が日ごとに激しさを増すころから、村の若人たちが2人、3人と 出征。その都度、校庭で村 人一同が「00君、バンザ イッ!」の歓呼の声。村外れの峠まで見送り、出征兵士の姿が見えなくなるまで日の丸の小旗を打ち振った。その多くが再び、郷里の土を踏むことはなかった。
今では、村外れに建立され
た「忠魂碑」に名を刻み、静かに村を見守っている。「国破れて山河あり」。だが、戦陣に倒れた者に、帰る山河はない。再びの「軍靴の響き許すまじ」の誓いを心に刻んでいる」(201699日西日本新聞)


親が注意したとしても [寛容なき社会]

 

 

「約束守ったよ 姉に丸ぼうろ 77

 

 私が「今度、丸ぼうろを持ってくるね」と言って握手、手を振って別れた義姉。
一夜明けると意識不明で緊急搬送されるなんて、誰が信じましようか。
病院ベッドに横たわる姿は昨日の義姉ではなかった。はて、昨日はどんな会話を交わしただろうか。丸ぼうろの約束しか、思い浮かばない。みんな、たわいないことばかり。顔を見合わせて、笑うだけのそんな時間だったように思います。私が入院したとき、同室だったお年寄りの方が退院
された。「会都足離」という言葉を残して・・・。たった一つ覚えていた丸ぼうろの約束を守り、ひつぎの義姉の手元にそっと入れておきました。この年になると、あの世の知り合いが多くなりました。この世の時間を大切に、大切に生きていきたい。」(201695西日本新聞

 

突然の別れ。そして、訃報。 そんなことが増えてきました。

 

親の責任を問う声が多いように思う。だが、どのようにコントロールできるのだろうか。

 

「声)高畑淳子さん追及は疑問だ  61歳 201695日朝日新聞

 

 俳優の高畑裕太容疑者がホテルの女性従業員に対する強姦(ごうかん)致傷の疑いで逮捕された事件で、母親で俳優の高畑淳子さんの対応が議論の的になっています。

 裕太容疑者の犯罪は断じて許されません。でも彼は22歳。成人です。芸能人とは言え、ここまで親の責任を問われたり、対応を批評されたりしなければならないものでしょうか。

 淳子さんは立ったまま、涙ながらに記者会見していました。「ご自身の子育てについてどう感じていますか?」という問いは、まるで「子育てに失敗しました」という答えを求めているようでした。同じ年代の母親として、見ていてつらくなりました。

 子育ては、なかなか思い通りにいかないものです。果たして、子育てを完璧にやり遂げたと自信を持って言える人が、どれだけいることでしょう。しかも、子どもは親とは別の人格であり、成人後もコントロールするなど不可能です。私たちは成人の不祥事に際し、母親だというだけで、一人の人間を追及すべきではないと思います。」

 

こんな議論を他国でもしているのでしょうか。


立つ位置で意味が・・ [寛容なき社会]

 

 

「認知症の母に今も癒やされ  63

 

小さいころ、わが家の日曜日のみそ汁は、ジャガイモと決まっていた。朝は、芋と小ネギが豊かな香りを醸し出していた。幾たびも私の鼻腔をくすぶり、週に1度のむさぼり寝の幸せを私に与えてくれた。 母が91歳を迎えた。認知症の母にみそ汁の話をすると、不思議と眉間に小じわを寄せて笑う。私は病院の母の元を訪れるとき、努めて昔の話をするようにしている。私の方が懐かしくなり、目頭を押さえる。母はまことに不思議な存在だ。還暦をとうに過ぎた私だが、いつの間にか老母に癒やされている。
母がインフルエンザでせきに苦しむと「息をするのが苦しい。楽になりたい」
と言う。「今、先生が来るから楽になるよ」と私が言
うと「楽になるのラクの意味が違う」とぽつり。
おいおい頼むよ、俺を独り置いていかないでくれ.よ。いつまでも、昔の話をしようぜ。」(2016831日西日本新聞

 

母は、いつまでも元気でいてもらいたかったが、父にはそんな感情がわいてこなかった。自分が同じ立場であることなど忘れて・・・。勝手なものだと思う。

次の新聞のコラムも考えさせられました。

 

「花時計

 

「ボクのおとうさんは、 桃太郎というやつに殺されました」。新聞広告のコンテストで、過去に最優秀賞に選ばれたコピーだ。子どもの鬼が泣いているイラストも添えられ、ハッとさせられる▽「ゴジラは現代の鬼とも言える」。そう語るのは、福岡市美術館で31日まで関かれるゴジラ展を企画した中山喜一朗副館長。確かに、人間を恐怖に陥れたり、時に守ったりするゴジラは鬼みたいな存在だ。ゴジラは敵なのか味方なのか。展示会を見た小学生は「ゴジラを一方的に敵と決め付けて攻撃する人間の方が身勝手だと感じた」と話し

た▽桃太郎もゴジラも立ち位置次第で見え方が変わってくる。恐らく「平和」の捉え方も同じだろう。終戦から71年。改憲が現実味を帯びる中、自分の立ち位置にも目を向けたい。(首藤厚之)」(同前)

 

自分の立つ位置だけは確固としたものでありたい。

 


疑問が湧かなくなるのは [老化]

 

 

 

「九大箱崎跡造成 URと南北分担・福岡市と協定締結へ―西日本新聞」という。どういう街づくりになってくのでしょうか。

 

次のコラムを読んで、「なぜ」という問いが出なくなっているのに気づきました。

 

「気流

 

夏休みNHKラジオ子ども科学電話相談が出勤前の楽しみだった。子どもたちの純粋な疑問に、各分野の専門家が当意即妙に答えていく。生放送の真剣勝負。難問あり。珍問あり。哲学的な問い掛けもある▽「ライオンの雄とトラの雌が結婚したらどうなるの?」。結婚

できないよ、と思っていたら、海外の動物園で出産例があると即答。子どものころから一緒に育てると、仲が良くなり繁殖するらしい。この場合は「ライガー」で、雄雌の種が逆だと「タイオン」。呼び名の付け方まで教えてくれた▽「どうして男と女がいるの?」。色恋沙汰だ。どう表現するか悩んでいると「男親と女親から性質を半分ずつもらって多様な子孫をつくり、環境の変化に生き残るため。植物にも男と女があるよ」と学術的な答え。ドキドキしていた自分が恥ずかしくなった。」(同前)

 

子どもは本来は学ぶことに貪欲なのでしょうか。それに比べてなぜと発しなくなった私は・・・。


他者が目に入らない社会 [寛容なき社会]

 

 

歩きながら・運転しながら・自転車に乗りながら・至る所でスマホを操作している人に会います。まるで、情報の端末機器化した人間には他者と言う存在は抜けています。そうした社会から産まれる想像力は何なのか、そんなことが気になっています。

こんな意見がありました。

 

「【意見】公共空間で優先すべきことは 鈴木謙介氏20160909西日本新聞

 

ポケモンGOの社会学 

 7月22日に日本でもリリースされた「ポケモンGO(ゴー)」は、先行して公開されていた海外と同様に大ブームを巻き起こした。同時に、公園で深夜まで人が騒いだり、公共施設などでゲームを禁止するところが出てきたりと、社会的な軋轢(あつれき)も生まれた。ユーザーの動きは落ち着きつつあるとの見方もあるが、いまでもポケモンが現れるスポットでは、多数のユーザーがスマホの画面を見つめている。

 マナーの悪い人がいれば立ち入り禁止になるのは当然だという意見もあるだろうが、公園のような場所は本来「公共空間」と呼ばれ、人びとの自由な活動が許されるのが大前提だ。むろん日本の場合は狭い都市部に人が密集しており、住宅街に公園が隣接するなど、海外とは条件の違うところもあるが、管理者に特定の利用を排除する権限があるという考え方は、公共空間の理念にはなじまない。

 今回のポケモンGOブームを社会学的に見る際に重要なのは、ゲームそのものの問題というよりは、現代社会において他者と公共空間でともに生活することの困難だろう。ある人が緑を眺めに来ている公園に、ポケモンを探しに来た人が大挙して押し寄せたとして、両者はどのようにして共存を図るべきなのだろうか。

 かつてであれば、その場にいる人どうしがお互いに気を使っていれば問題は解決に向かったのかもしれない。しかしながらポケモンGOの場合、問われているのは目の前にある現実と、画面の中に登場しているポケモンのどちらが優先されるべきなのかということだ。というのもユーザーたちにとってはその場所は、ただの公園ではなくポケモンが出現するからこそ価値を帯びている空間だ。つまり、ある場所を「緑の多い公園」だと思っている人と「ポケモンの巣」だと思っている人の間の認識の差が、現実の空間と情報の空間のどちらを優先すべきかという問題を引き起こしている。(以下略)」

 

私は生活空間の問題より、社会の意識の変化が気になります。NHKの貧困高校生の問題に対するネットでのバッシングは捏造情報によるもので、それを一部政治家まで同調して関係者のバッシングになった。日本は素晴らしいという番組が増えている国で、貧困者を叩くことで喜ぶ人たちがいることは、情報端末化した人間の影響はないのだろうか。気になるこの頃です。社会の劣化を強く感じるからです。


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