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勝手なおしゃべりです。メッセージの次からが記事になります
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アイスランドの金融危機からの復活 [経済]

 

 

新聞の「新春対談 国際ジャーナリスト堤未果  慶応大教授井手英策」からの引用です。

金融危機のIMF支援の対応が国によってこんなに違うのだという。

 

「堤

金融危機で破綻した国のその後を調べたことがあります。ギリシャは国際通貨基金(IMF)にお金を借りる条件として、いろんなものを民営化して医療も教育も年金も切り捨て、その結果、さらに医療費が増えました。重症化してから病院に行くようになったからです。アイスランドは逆に医療、年金、住宅、教育を優先順位の上位にした。民衆が自ら選択肢

をつくり、民主主義をつくった結果、経済成長も回復しました。

井手

民主主義って選ぶものと思ってますよね。選択肢がたくさんあって、いるいろ、選べるのはいいこと。でも、これからは選ぶだけでなく、堤さんの言うように選択肢をつくる発想を持たなければならない。

アイスランドでは、与えれたメニューから選んでいたのを、メニューから作り始めたのだ、当事者意識が高まって一体感が出てきました。それで決めたのが医療や年金は政府が面倒を見るということです。

井手

税って社会にお金をためるようなもの。人間いつ死ぬか分からないから、貯蓄は過剰になる。特に今のような不安な状況ではお金をため込もうとして、消費は萎縮します。逆に「病気になっても失業しても子どもは学校に行ける、 年を取っても安心だ」となれば、 お金を消費に回すから景気も良くなる。そうなれば「成長」を追い求める必要もなくなります。大事なのは未来の不安をなくすこと。税を払って社会に貯蓄をして、安心して生きていける状祝をつくりましょう、と。「すべての人が受益者になる」という僕の戦略は、既得権をなくすこと。社会的な公正に最もかなうし、所得制限を設けない普通的な給付なので行政も効率化できます。実はそのことに多くの日本人も気づき始めています。」(201711日西日本新聞)

 

日本の場合、ギリシャ方式に近い施策になっているのではないでしょうか。


顔が覚えられない [生きる]

 

 

「トランプ氏の 核戦略に憤り 21

 トランプ次期米大統領が
年末のツイッターで「世界が核に関して思慮分別をわきまえるまで、米国は核戦力を大幅に強化し、拡大し
なければならない」と発言した。長崎市民、そして一
人の人間として反対する。
私は長崎で生まれ育ち、平和学習の中で核兵器の悲
惨さを学んできた。今回のトランプ氏の発言には「核兵器がなければ、平和は実現しない」という認識が透
けて見える。
一方、昨年5月にオバマ 大統領が広島を初訪問した。そこで強く訴えられた メッセージが、核兵器なき世界の追求であり、これ以上核兵器による犠牲者を出さないことである。

まずは唯一の被爆国であるわれわれ日本人が再度、核兵器の悲惨さを学び、被爆者の本当の思いを継承していく必要があると思う。特に、戦争のリアリティーから遠ざかっている私たち青年世代が先頭に立っていかなければならない。ある著名な指導者は、核兵器を使用して世界征服を成し遂げても、その民族、それを使用した者は悪魔だと糾弾した。私たち青年世代はこの「核兵器は絶対悪」との精神を世界に広げていく使命がある。」(2017112日西日本新聞)

 

トランプ氏の顔は覚えていると思いますが、初対面などの人の顔が覚えられないのはなぜでしょうか。

 

「顔を見分ける 松村由利子

 

テレビで朝の情報番組を見ている
と、つれあいが言った。「あ、この人、前は沖縄放送局にいたね」
以前ローカルニュースに出ていた女性アナウンサーが、異動して全国放送の番組に出ているというのだ。

「え、そう?」と素っ気なく対応し
たのは、機嫌が悪いからではない。人の顔を覚えるのが苦手なのだ。
短歌関係のシンポジウムなど人のおおぜい集まる場所で親しげに話しかけ
られるのは、ちょっとした恐怖だ。「松村さん!あれからお変わりありませんか?」。うlむ、「あれ」とはいつの、何なのだろう。そして、このチャーミングな女性はどなた?・・・  脳がダメージを受け、人の顔が認識
できなくなることがある。誰の顔か、
どんな表情なのか分からなくなる障害で、「相貌失認」と呼ばれる。そんな
病気でもないのに、会った人の顔を覚
えていられないのは全く恥ずかしい。(以下略)」(同前)

 

庶民のひとりが会う人数はそんなに多くはないと思う。フェイスブックの友達でさえ、顔の記憶がありません。でも、相手が覚えているとこちらがへこみます。相手の顔をよく見ていないのかもしれません。でも、覚えられるかどうか・・・。


今の貧困は [貧困]

 

 

財布落ちたよ走って手渡し  70

 

7 0歳になりました。けが、
病気で入院したことはない。健康な体をくれた親に感謝している。今、海釣りにはまっている。釣り会が月1回ある。自転車で向かった交差点を青信号で横断中、赤信号で止まっている 車から激しいクラクション。見知らぬ車で、そのまま走っていた。後ろから「財落としましたよ」の声。車から降りて、走って手渡してくれた。

「お名前を」と言うのが精いっぱい。当然のことと言わんばかりに、走り去った。今どき、正直な方がおられるものだ。年金支給日までの生活費が入っていました。助かりました。あなたのさっそうとした姿が目に焼き付いています。お礼申し上げます。」(201675日西日本新聞)

 

助かりますね。こんな社会であって欲しいが、社会の中に広がる分断と格差について考えないと・・・。

 

現在の貧困はどこかが違う  69

 

本紙に見る母子家庭の窮状には、胸が締め付けられる思いです。これに熊本地震が追い打ちをかければ、なおさらです。これは日本のことなのかと自問自答すらします。生まれてきた子どものせいで
はありません。大人の責任
です。誰しもが分かっていることです。
記事の中に多い「離婚」の文字。これまた、大人の責任です。派遣や契約社員の増加に加え、離婚の問題。これを克服しなければ、安心した社会、家庭を築くことはできません。

少子高齢化の波は、遠慮なく押し寄せています。その防波堤になってほしい子どもたちは宝です。出生率 が向上しない現状を考える
とき、子どもたちが伸び伸びと生活できる環境と制度
は絶対、必要です。私たちが子どものころに感じた貧乏は、物質的な貧乏でした。物質的に豊かになった現在の貧乏は、何か違う気がします。これを解決するのが、政治の力ではないでしょうか。」(同前)

 

多くの人がどう理解するか。大切なことなのでしょう。

 

 


高齢者年齢の引き上げ・新たな分断へ [老化]

 

 

学会が高齢者75歳にしたらという。余計なことだと思いますが、どこかの意向があるとは思えないが。テレビで街頭インタビューしていたが、高齢者は関心があまりなく、現役世代が危機感を持っているようです。そうした意図で作られていたのかもしれませんが、年金を引き上げたとして、定年はどうなるのか。私は70歳から急速に衰えてきました。この年代では健康状態は分かれるのではないか。「健康寿命」でもそう言われてきたと思う。個別性を考慮して年金などは定めないといけないのではないか。

 

「退職者の経験政治に生かせ  70

 

1億総活躍社会」なるキャッチフレーズ。少子高齢化で、高齢者の人口比は増すばかり。さて定年退職者には、どんな活躍の場があるだろうか。
健康が許せば、孫の子守や近所の公園、公道のごみ拾いもできる。知識や技能らをボランティアに生かす手もある。在職時、できなかった趣味で健康を維持することも、医療介護の社会保障費抑制につながる。しかし、定年退職者の最大の社会還元は、政治にもっと関心を持つことだ。自らの人生経験と知識を政治に反映させることである。
自由時間の幾分かを使って、メディアの政治報道は
耳目を傾け、問題点を認識
し、疑問点を調べる。自らが総合判断し、選挙で投票する。在職時は仕事に追われ、
目が向かなかった政治課題にも、少しは客観的になることもできよう。適度に頭を使い、ぼけ防止にもなる。「よろしく」では、政治そして社会は良くならない。」(2016627日西日本新聞

 

今回の提案が新たな社会のふんだんになるのではないかと心配します。


演じる人生 [生活の工夫]

 

 

新聞の相談欄からです。

 

「物分かりいい人演じてしまう

 

周りの人に合わせて物分かりがいい人でいようと、必死になってしまいます。 そして、どっと疲れて自己嫌悪になります。過去に不安障害と診断され、今も通院しています。
このまま生活するのはきつい一方、自分はこれでいいんだと思いたいところもあり、どう考え

たらいいのか分かりません。変わりたいのに、それができずにいます。(40代女性)」(2017110日)

 

回答者の伊藤比呂美氏は「仮面かぶっている自分も自分」と言います。自分という存在も、単純でありながら、複雑なところもあるというのでしょうか。あるがままに受け入れるということなのでしょうか。ただ、問題なのは回答欄で相談者が「意見を信じていいのかかと深く考える」ということにあるのかもしれないと述べられ、とことん信じなさいという。信じられないと思えば離れればいいと。

 そうですね。役割を演ずることができないときが多いですね。力仕事は男の仕事と決められると今は特に体が不自由でダメですし、若い時は不器用さと非力で役に立ちませんでした。物わかりがいい人でありたいのは当然だと思います。傷つきたくないからです。それはごまかしでもないと思います。よく言えないけど、あるがままに受け容れることなのかもしれません。自分の演じている部分もまた自分を鍛える場なのかもしれません。他者がどう見ようとも・・・。


『いま、兜太は』を読む

いま、兜太は

いま、兜太は



』を読む

 

 

俳人・金子兜太氏の作品紹介と人物評です。

・犬一猫二われら三人被爆せず

・唯今二一五〇羽の白鳥と妻居り

・夏の山国母いてわれを与太と言う

・左義長や武器という武器焼いてしまえ

・長寿の母うんこのようにわれを産みぬ

・おおかみに蛍が一つ付いていた

 

97歳くらいになって金子氏が書いたプラカードが集会の中で掲げられるようになったという。反骨精神旺盛の方だとは知っていましたが、作品などは初めて読みました。嵐山光三郎氏は次のように紹介しています。

 

「『親父・元春は秋桜子と同級だったせいもあって新興俳句運動に合流して人を集めては酒をくらって俳句を作っていた。それを見て俳句はケンカをするものだと思っていたね」と俳句の原体験を明かす。「つまり僕の俳句は花鳥訊詠として始まったものではなく実に人間臭いものとしてとらえているんだ。

日銀に入行したが従業員組合を結成、初代事務局長。俳句のほうでも前衛俳句をめぐって大論 争を展開。遂には現代俳句協会と俳人協会の分裂にまで発展。これはつまり六十年安保後の文化活動
の反動的再編だったのだと喝破。」

 

時代のうねりを感じさせる人でもあるようですね。

 

 

 


同一労働同一賃金はゆがめられていないか [働く]

 

 

「花時計

乳がん検査の受診者が
相次いでいるという。医
療機関によるとタレン
トの北斗晶さんが9月に 乳がんを告白した影響だ そうだ。女優の川島なお 美さんの胆管がんによる死も女性が健康を顧みる
きっかけになっていると
いう▽医師の話では、受診者は健康診断で「要検査」などと言われたのに受けていなかった人が多いという。取材に応じてくれた女性も「ずっと気
掛かりだったけれど・・・。
検査の痛みが怖くて、受診をためらっていた」と話した▽マンモグラフィーは乳房を圧迫してエックス線撮影するため、痛みを伴う人も。「実際受
けると、やはり激痛だった。2度と受けたくない」と女性。命の大切さを思えば1時の痛みなんて、と言えばそれまでだが、がんの単期発見のため検査の痛みが軽減されないものか。(鶴加寿子)」(2015116日西日本新聞

 

痛みの軽減も課題だという、

 

正社員との処遇格差について政府も何かしようとしているかのように伝えられていますが、ヨーロッパなどの同一労働同一賃金とは異なります。そのことをマスコミは言いません。

 

「不合理な処遇差別は違法 寺山早苗

 

今週もパートで24年間勤め た会社を雇い止めされた女性Yさん(59)の話です。Yさんは長年、正社員との
処遇の差について悩んでいま
した。彼女が連合福岡ユニオ
ンに初めて相談したのは2007年のこと。「化学品の工場で175時間勤務のパ ートとして18年間働いている。時給は850円。仕事は2030キロのポリタンクを持ち運ぶなど男性の正社員とほぼ同じ。入院した正社員の仕事も私が穴埋めした。していないのはリフトの運転ぐらい。でも、私だけが時給制で定期昇給も賞与も退職金もない。むなしい」というものでした。

パートタイム労働法と労働 契約法では、働く時闘が短いことや有期雇用を理由に非正 規社員と正社員の処遇を差別
することを禁止しています。

Yさんの雇い止めでは「雇い 止めの無効」を主張し、地位
確認を求める訴訟を起こしま
した。合わせてYさんの賃金 はパートタイマーという理由 で正社員と不当に差別されて いたとして正社員賃金との差
額の支払いをさかのぼって請
求しました。

訴訟は判決が出る前に和解したのでYさんの処遇が不合理な差別かどうかの判断はされていません。しかし、Yさんが諦めず司法の場で24年の思いを訴えたことで、Yさんは次の一歩を踏み出すことができたのではないかと思っています。(連合福岡ユニオン書記長、福岡市)」(同前)


「働く男性のコンパニオン」なのか? [働く]

 

 

「読者談話室」(「世界」2016.12月号)に「女性には誰も謝らない社会構造38歳」というのがありました。そこでは広告会社の自殺問題で見逃されている問題があるという。

 

「大手広告会社の若手女性社員が勤め先の寮から飛び降り自殺をした。 新聞やウェブニュースの見出
しにはすぐさま「残業100時間」という文字が並び、挙句、 労働時間の多寡についての議論に移行していった。(略)

その女性社員は、亡くなる前
SNSで「私の仕事や名前には価値がないのに、若い女の子だから手伝ってもらえた仕事。()程度の差はあれど、見返りを要求されるのは避けて通れないんだと知る」と書き残している。もしも、ここに性の問題を本当にかぎ取れないとすれば、日本のマスコミは何のためにある
のだろうか。
(略)

総じて、女性は「働く男性のコンパニオン」と位置付けられることが多い。言うまでもなく、女性が「戦う男を慰める存在」だった戦中の負の遺産として、従軍慰安婦がある。(略)

そして今回、東京オリンピックのプロモーションなども手掛ける世界的企業で起こった事件は、残業時間に注目が集まる過労自殺事件として世間に紹介されている。だが、これは、過労死自殺などではないはずだ。ジエンダーの問題について世界の基準に達しない幼稚さを、巧みな情報操作で論点をすり替える男社会に、疑問符を投げかけなくてはならない。」

 

働く女性に対する地位が依然として「働く男性のコンパニオン」待遇という意識が根強いのではないかという。私が働きだした半世紀前。先輩の女性社員が私たち後輩のお茶まで準備するのが普通でした。しかし、労働組合の働き掛けもあり大分改善されましたが、非正規の女性の進出で昔のようにお茶くみが女性の仕事になったという経過がありました。男女平等が「文化」として定着していないという問題提起かと思いましたが、そんな悠長な話でなく、悲観的な話のように思えてきました。どうなのでしょうか。

 


戦争終結の原爆とは [平和を]

 

 

 

「後世が借金と核のごみ負担  46

財務省が今年6月末時点での「国の借金」が1057兆円を超えたと発表した。日本の借金は増え続け、世界最悪レベル。私たちの世代は膨らんだ借金を後世につけとして回している。

財務省発表の翌日には、九州電力川内原発1号機(鹿児島)が再稼働した。原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場については白紙の状態だ。そんな中、戦後70

年の首相談話が発表された。「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という文言がある。

しかしながら、私たちの世代がつくった借金や核廃物を、何の関わりもない先の世代に間違いなく背負わせていることを忘れてはならない。それはとてつもなく大きく、重い負担となるのではないだろうか。」(2015824日西日本新聞)

 

1年半前は次世代に負担をでしたが、今は今から負担せよという。

アメリカの原爆投下とその後の動きを見ると、戦争終結もあったとしても主目的は違うように思えます。

 

「『原爆と京都』そして長崎 論説委員の目

 

米軍が戦時中に京都を爆撃 しなかったのは、歴史的建造 物や貴重な文化財を保護する
ためだった。京都で過ごした学生時代、何度となく耳にした話である。古都・京都は
平安京の条坊制に由来する碁盤の目状になった街路が特徴
で、市内には京都御所を中心
に清水寺や銀閣寺など有名な
仏閣も数多い。
「千年の都」の風情を今に残す街で暮らしながら、その言葉を疑うこともなく信じ切っていた。それだけに、米軍が京都を原子爆弾投下の最初の目標にしていたことを知った時には心底驚いた。米軍の資料などによると、米軍は戦略的な意義に加え、原爆の威力の正確な評価と、最も効果的に使う観点から過
去の空襲被害が少ない都市を
リストアップした。その結果
京都、小倉、広島新潟
4都市が候補となり、通常の爆撃を禁じたという。 西陣空襲」など京都も大規模な空襲を受けているが、 東京や大阪ほど過酷ではなかった。その理由は京都の「歴史と文化」の保護ではなく、
原爆投下のためだったということなのか。だが、土壇場で京都は外され、長崎市が代わりに攻撃目標となった。米国はソ連の影響力を抑えて戦後の日本統治を容易にするため、伝統文化財が集中して日本人の恨みを買う恐れの強い京都を最終的に攻撃目標から外したとされる。諸説の中で最も説得力がある。
まるでゲームでもするかの
ように、爆撃地点を選ぶ。
それらの街には、何万何十
万という一般市民が暮らして
いたにもかかわらずだ。最終
的に2発目の原爆が投下され た長崎は、3年間勤務した場 所だ。今も後遺症に苦しむ被
爆者の姿を何度も自にした。
言いようのない怒りがこみ上げてきたことを覚えている。「原爆投下は戦争の早期終結が目的」というのが米国の公式見解だが、一連の資料からは原爆の効果を試す実験という側面も見えてくる。戦争の不条理さを、あらためて思い知らされる。(田代芳樹)」(同前)


篝との遭遇 [働く]

 

 

原発の再稼働に反対する伊万里市に対する応援の話です。「伊万里市に1211万円東京NPO法人 市長の姿勢に敬意を表する」と話し、塚部市長は「(反対派として)孤立しがちで、勇気と応援を頂き、心強くありがたい」と応じた。(一部引用)」(201717日西日本新聞)。

 

「篝(かがり)」というのになつかしく思い出しました。篝とは「かがり火をたく鉄製のかご。かがりかご。」を指すという。時代劇の野営の場面であかりとりなどを兼ねて火をたく入れ物です。そんなことを思い出させる随筆です。

 

「かがり火を継ぐ  松村由利子

 

ミステリ作家の仁木悦子さんが亡くなって、もう30年が過ぎた。彼女のデビュー当時、推理小説というものは暗
いと見られていたが、上質なユーモアと明るさに満ちた作品は従来のイメージを変えた。その明るさは、病気で歩行できなくなった自分を受け容れた強さから来るものだったのだろうか。
仁木さんは車いすの上で執筆するだけでなく、さまざまな市民運動にも積
極的にかかわった。その一つが、「かがり火の会」の活動である。仁木さんは13歳のとき、中国山東省に出征した長兄を亡くした。大切な兄がある日突然召集されてどこかヘ連れが来て片付けられてしまったシヨツク
と、悲嘆に暮れる母の姿は忘れることができなかった。「戦死者の妹である
私たちが、記録者として平和への思いを伝えていきましょう」と呼びかけ、
会が発足したのは1971年だった。 呼びかけに応えて全国から集まった女性たちは百人を超えた。仁木さんは作家活動の傍ら、彼女らの文章を記録し、半年に1回、会誌を発行した。 生前の仁木さんに会うことはかなわなかったが、「かがり火の会」を何度か取材した。人間魚雷「回天」に搭乗した兄をもつ女性に話を聞き、癒えることのない深い悲しみに言葉を失った。「日本がもしまた戦争を始める方向に動きだして、政党も労働組合も頼りにならなくなったも、こういう妹たちだけは、最後まで戦争に反対しつづけるでしょうね」仁木さんの言葉である。「妹たち」の高齢化もあり、「かがり火の会」は十年ほど前に活動を終えた。「政党も労働組合も」頼りにならない時代になった。けれども、仁木さんの掲げた「かがり火」は今も消えていないと信じる。一人一人の胸の内にあるかがり火を絶やしてばならない。(歌人。挿絵は網中いづるさん) 」(201716日西日本新聞)

 

「政党も労働組合」も頼りにならないのかどうかには背景があるので断定して良いかとまどいますが、そこで「篝」というタイトルの労働組合の広報誌みたいなものがあったことを思い出しました。社会の動きなどもありましたが、文芸欄などもあったのです。どういう背景で誕生したのか分かりませんが、九州では炭坑の労働組合などの現場でサークル活動としての文化活動が盛んだったと後に知りました。その影響があるのでしょうか。


学会の看板で言って良いことか [老化]



 



 



 



「いきものがかり活動休止 創作意欲復活へ期間1年超の可能性も」という。放牧宣言だとも伝えられています。驚きましたが「・・・らしい」と思いました。自分たちの意思を明確にして実行していく力にも感心しました。



 



高齢者は75歳以上、学会が提言 医療進歩、生活改善で身体若返り



20170105西日本新聞



高齢問題の研究者らでつくる日本老年学会などは5日、現在は65歳以上とされている「高齢者」の定義を75歳以上に見直し、前期高齢者の65~74歳は「准高齢者」として社会の支え手と捉え直すよう求める提言を発表した。医療の進歩や生活環境の改善により、10年前に比べ身体の働きや知的能力が5~10歳は若返っていると判断。活発な社会活動が可能な人が大多数を占める70歳前後の人たちの活躍が、明るく活力ある高齢化社会につながるとしている。



 高齢者の定義見直しは、65歳以上を「支えられる側」として設計されている社会保障雇用制度の在り方に関する議論にも影響を与えそうだ。」



 



私は72歳です。ですが、老いは確実にきていますし、高齢者だと自覚しています。人間は多様です。学会が75歳と決めてよいものだとは思えません。そして、社会の支え手として位置付けることも学会の仕事なのでしょうか。




「かけがえのない命」になっていますか [障がい者問題]

 

 

 ある雑談で公務員のOBが福祉担当職員は出世コースから外れた人たちがいくところだと言われました。事実かどうかは分かりませんが、特別支援学校に配置される専門課程でない教員も優秀な職員が配置されることはないという。支援学校には普通学校とは違い違い設置基準がないのですし詰め学級になったり、通学に家族の同伴を求めるともいわれています。「かけがえのない命」といいながら、相模原障害者施設の大量の殺人について政府が強力なメッセージをだすこともなかった。

 

「教育課程に分断と排除 水頭症協会の柴田靖子氏

 

人間を分類し劣っていると
みなした側を排除する「優生思想」は特異なもので、どんな特殊な経緯や環境が容疑者にそれを植え付けたのかを追求すれば、悲劇を繰り返すことを防げるとの主張がある。容疑者のような特異な考えの持ち主の監視にGPSを活用するべきだとか、もっと簡単に強制入院をさせられるようにするべきだという意見さえ聞こえる。そうだろうか。むしろこの国のさまざまな仕組みは「優生思想」を礎としていないだろうか。彼はこの国のいう「まっとうな」仕組みの中で育つた、ありふれた私たちの一人なのだ。容疑者が「障害のある人が安楽死できる世界を」と考え始めたのはなぜか。報道によると、容疑者は「昔見た同級生が重い障害者で幸せに思えず、見ると嫌な気持ちになっ
た」「不幸だから障害者の面
倒を見ようと思い施設で働い
た」と供述したという。
この供述が事実だとする
と、容疑者は教育を受ける過程で「障害のある人は同じ人間として認められていない」と感じた可能性もあるのではないか。
教育現場は昔も今も「人間」を分類して排除する」、すな
わち優生思想を基盤にした仕組みで成り立っている。そこで働く人がどんなに心を尽くしても、その大前提は変わらない。

この国では、障害のある子どもは障害の種類で分けられた学校(多様な学びの場)に措置される。昨今は、共生を保障するために「交流」や「共同学習」と称したプログラムが定期的に用意される。目標は「障害()の理解推進」。特別支援学級に通っていた娘が小6の時の「ボランティア」と題された共同学習は、通常学級の小6の子たちが、同じ年の特別支援学級にいる「重度重複障害の子(娘も含まれる)に、幼児向け絵本を読み聞かせたり、玩具で遊んであげたりして「良い接し方」を学ぶ、というおぞましいものだった。入学拒否はじないものの、通常学級に在校生として迎えた子どもに対する耳を疑うような痛ましい処遇が後を絶たない。校外学習への参加を認めず置き去りにする。手指が不自由で着替えが遅い子どもを、友達が手助けするのを教師が「自立を妨げるから」と制止する・・・。子どもの頃がら、こうして日々、分断の確認をさせられる。これらは排除の扱いや差別的態度であり、こうした排除や差別は社会の努力で解消する。しかし私たちの多くはそこに考えが及ばず、変えることのできない現実だと絶望してしまう。容疑者もそうだつたのではないか。人間を分けて隔てる仕組みを捨て、優生思想の種をまくのをやめなくてはいけない。事件の再発を防ぐために変わるべきは社会だ。」(201682日西日本新聞

 

私たちは差別意識を完全に払しょくすることは困難ですが、理性で考えることはできます。分断される社会はお互いを不幸にします。


財政危機論の狙いは [経済]

 

 

元日の西日本新聞の「新春対談 国際ジャーナリスト堤未果  慶応大教授井手英策」からです。国の借金1千兆円あるから国会議員を減らせという国民の声が聞こえてきます。政府は、多分、消費税という打ち出の小づちをいつ利用するかを狙っているのだと思います。日本のマスコミも政府発表を鵜呑みにしています。

 

「国とマスコミ

財政危機をあおりすぎ 井手

大衆の思考停止に注意 堤

 

 井手

財務省もマスコミも財政危機をあおりすぎだと思います。国の借金が1千兆円あって国内総生産(GDP)2倍、大変だと言うけれど、GDP1年間に生み出される付加価値。1年で借金を全部返そうと思う人がいますか。10年で返すならGDP2割でしょう。借金が多い理由は税収が足りないから。8090年代に減税を繰り返したので、税収はがくんと落ちた。増税以外に財政再建はできないけど、日本はそれをせずに世界の中でも小さな政府をさらに小さくしようとした。

政府とマスコミが出す数字や統計は疑問のあるものが少なくないですね。国の借金1千兆円にしでも、外国では借金から資産を差し引いた数字を出すのに日本は借金部分だけ出している。おかしいですよ。

 井手

マスコミも借金1千兆円、国民1人当たり830万円としか書かない。でも国債9割は日本人の国内保有だから、例えば借金が800万円あっても資産が720万円あるわけです。肩車社会論もそう。昔は現役10人でお年寄り1人を支えていたのが、将来 13人で1人になる、と言う。これは支える人と支えられる人を65歳で分けています。それなら年齢でなく就業者かどうかで計算すべきです。ある研究者が計算したら1970年から2050年まで比率は変わらない。お年寄りや女性が働く側に回るからで、肩車牡会論も数字のマジックです。(一部引用)」

 

政府やマスコミの鵜呑みでしか私たちは理解していません。恐るべしです。

 


かけがえのない命とは [障がい者問題]

 

 

相模原の障害者施設での事件の後に掲載されたものです。書かれた時期は分かりませんが・・・。

 

「命の音  近藤薫

 

ある古都の中心地から車で小一時間、山奥にある重度心身障がい児の病院に演奏に行っている。事故に遭い昏
睡状態になってしまった子、生まれてから一度も目を覚ますことなく、ずっとベッドにいる子。たくさんの子どもたちが入院している。

音楽が始まると、楽しくなって歌い
出してくれるから、にぎやかだ。比較的障がいの軽い子は車いすで集まって
くる。もう少し重い障がいがある子たちはベッドを運んできて、寝たまま聴
いてもらう。こちらはあまり反応ができない子が多いので、静かだ。それから、呼吸や食事にたくさんの科学的な助けを必要とする子たち。こちらからベッドの脇に行って演奏する。ここでは必ず「ハッピーバースデー」を演奏することにしている。コンサートの日に、入院している子どもたち全員の誕生をお祝いするためだ。病院を
最初に訪れたとき、たまたま誕生日だった子のために演奏したのがきっかけだった。その子のお母さんは「生きていて、よかった」と涙を流した。 最愛の子は意識があるのかさえ、よく分からない。いつ容体が急変してしまうかも分からない。産んでよかったのか・・・。絶望の中で母親自らが命を絶とうとしたこともあったそうだ。その言葉は、自分が、そしてこの子が生きていてよかった、という意味だった。再会できる子もたくさんいるが、お別れしなくてはいけ なくなった子もまたいる。もしかしたら、この子にとって最後に聴く音楽になるかもしれないと思うと、演奏しながら特別な気持ちになる。

そして約束する。今日、君たちからもらったエネルギーを、コンサートホールで必ず形にすると。印象的な目の光を、強い意志の息吹を、音にのせて奏でると。だから、想いを馳せてほしい。音楽にのって、君たちの命が世界中を飛び回るんだよ。彼らからもらった力は、そのまま音の力につながる。(ヴァイオリニスト。挿絵は荒井桃子さん)」( 201682日西日本新聞

 

最後の音楽になるかもしれない。それだからこそ、心を込めた演奏が可能なのだろう。命に格差を持ち込む思想とは立ち向かわねばならない。


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